賃上げ促進税制とは?2024年改正内容・適用要件・中小企業の活用法について解説
賃上げに積極的に取り組む企業を後押しする賃上げ促進税制。特に2024年の改正では、中小企業を中心に活用しやすい仕組みに生まれ変わりました。
「賃上げしたいけれど資金繰りが不安」「制度が複雑でよく分からない」という経営者様・ご担当者様のために、この記事では賃上げ促進税制の仕組みや最新の改正ポイント、中小企業が制度を賢く活用するための具体策まで、専門家目線で分かりやすく解説します。
目次
賃上げ促進税制とは
賃上げ促進税制は、企業が従業員の給料を引き上げた際、その分の法人税などが軽減される制度です。中小企業の賃上げを後押しする目的で創設されました。2024年には適用要件や控除率が見直され、これまで以上に多くの企業が恩恵を受けられるようになりました。
企業の規模や環境を問わず、「どうしたら賃上げと経営安定を両立できるのか?」という問いに対する一つの答えが、この賃上げ促進税制なのです。
制度の目的と背景
この制度は、長らく日本社会が直面してきた「賃金の停滞」「人材流出」といった課題に対処し、企業が積極的に人への投資を行い、従業員のモチベーションや消費活動の向上、ひいては日本経済全体の成長につなげる狙いがあります。
とりわけ中小企業は、大企業に比べて人材確保や給与水準の引き上げが難しい傾向がありますが、税制の力で「賃上げしやすい」経営環境を整え、企業の成長サイクルを実現してもらうことが本制度の大きな目的です。
(参考:経済産業省・ガイドブック)
【2024年改正】賃上げ促進税制の主な変更点とその影響
2024年度の改正では賃上げ促進税制が大きく変わりました。これまで制度が使いにくいと感じていた中小企業の方にも、新たな優遇措置が加わったことで活用しやすくなりました。改正内容を知ることで、今後の賃上げや経営戦略の選択肢が格段に広がります。
中小企業への優遇措置強化
今回の改正で特に注目されているのは、中小企業への優遇が一段と強化された点です。これまでは給与の増加率が一定以上でなければ控除が受けられませんでしたが、今後は1.5%以上の増加でも税額控除が可能となりました。
さらに、黒字化できていない企業でも今後黒字が見込める場合は、控除を5年間にわたって繰り越せる仕組みが導入されています。たとえば、景気の波で一時的に赤字になった年も、その後利益が出たタイミングでしっかり控除を受けられるようになったため、長期的な視点での経営計画が立てやすくなりました。
大企業との違い・特例の比較
この賃上げ促進税制は大企業にも適用されますが、中小企業のほうが条件も控除率も有利に設定されています。中小企業は給与の増加率が1.5%以上であれば15%、2.5%以上なら最大30%の税額控除を受けることができます。なお、大企業では増加率3%以上で10%控除と、要件が厳しく控除率も低めです。
しかも、中小企業には賃上げ実施年度で控除しきれなかった金額を5年間繰り越せる新制度が導入されているため、より柔軟かつ実質的に負担が軽くなるよう配慮されています。こうした違いを理解しておくことは、制度の選択や活用において大きな武器となるでしょう。
賃上げ促進税制の基本要件と加算要件
「賃上げ促進税制は複雑で難しい」と感じられる方も多いかもしれませんが、押さえておくべきポイントは限られています。ここからは基本となる要件と、追加で控除を受けられる加算要件について分かりやすくまとめました。
基本要件について
制度の基本要件は、大きく分けて「企業規模」「控除対象従業員」「対象給与とその増加率」の三つです。まず、自社が中小企業なのか大企業なのかで適用基準や控除率が異なります。
次に、控除対象となるのは一定の要件を満たした継続雇用の従業員であり、派遣や期間限定のアルバイトなどは対象外の場合もあるため注意が必要です。
そして、前年度に比べてどれだけ給与が増加したかが審査され、その増加率が一定の基準を超えれば初めて税額控除が適用される仕組みです。2024年の改正ではこれらの要件や控除率も見直されています。
どれくらい給与を上げればいい?
原則として継続雇用の従業員に対して3%以上の賃上げを行えば10%、4%以上で15%、5%以上で20%、さらに7%以上で25%というように、増加率が高いほど控除率が大きくなっています。中小企業の場合はこれがさらに優遇されており、1.5%以上の賃上げで15%、2.5%以上なら30%もの控除が受けられる仕組みです。
つまり、同じ賃上げ額でも中小企業のほうが節税効果を実感しやすく、企業努力がしっかり報われる設計になっています。自社がどこまで賃上げできるかを検討する際、この基準を一つの目安にするとよいでしょう。
| 対象となる給与等 | 給与等支給額の増加率 (前事業年度比) |
控除対象雇用者給与等 支給 増加額からの 適用控除率 |
|
|---|---|---|---|
| 全企業向け (青色申告を行っている全法人・個人事業主) |
適用事業年度における 継続雇用者 への給与等支給額 |
3%以上増 | 10%控除 |
| 4%以上増 | 15%控除 | ||
| 5%以上増 | 20%控除 | ||
| 7%以上増 | 25%控除 | ||
| 中堅企業向け (青色申告を行っており、従業員数2000人以下の法人・個人事業主) |
3%以上増 | 10%控除 | |
| 4%以上増 | 25%控除 | ||
| 中小企業向け (青色申告を行っており、従業員数1000人以下の法人(資本金1億円以下の法人、農業組合等)・個人事業主) |
適用事業年度における 全雇用者 への給与等支給額 |
1.5%以上増 | 15%控除 |
| 2.5%以上増 | 30%控除 |
また、上記の控除率からさらに控除率を上乗せできる加算用件があります。「教育訓練費」と「子育ての両立・女性活躍支援」の二種類があり、それぞれ条件を満たすことで、控除率を加算できます。
(加算要件)教育訓練費
さらに、従業員への教育やスキルアップのための投資も税額控除の加算対象です。たとえば、社員研修や外部セミナーの受講料、資格取得のための講座受講料、eラーニングの導入費用など、業務能力向上にかかった費用がこれにあたります。中小企業であれば教育訓練費の増加分に対し10%、中堅企業や大企業は5%が追加で控除されるため、単なる賃上げだけでなく、人材育成にも積極的に取り組むことでより多くの節税メリットが受けられます。
(参考:中小企業向け賃上げ促進税制ご利用ガイド)
(加算要件)子育てとの両立支援・女性活躍支援
もう一つの加算要件が、子育てや介護など家庭との両立支援や、女性活躍を推進する取り組みです。これには「くるみん認定」や「えるぼし認定」といった厚生労働省の認定取得が必要となります。たとえば、子育てしやすい職場環境の整備や、女性の管理職登用など、実際の取り組みを通じて認定を受けた企業には、控除率がさらに5%上乗せされる仕組みです。
企業規模によって認定取得の条件も異なるため、自社の現状に合わせて計画的に取り組むことが大切です。
企業規模によって賃上げ促進税制・控除率は異なる
控除の仕組みや適用条件は企業規模によって細かく設定されています。中小企業は特に優遇されていますが、実際に自社がどこに該当するか分からない場合も多いはずです。その場合は、事前に税理士などの専門家に相談し、必要な条件や控除率をきちんと把握しておきましょう。これにより、余計な手戻りや適用漏れを未然に防ぐことができます。
賃上げ促進税制の利点
ここからは、「賃上げ促進税制を使うと、会社にどんなメリットがあるのか?」を具体的に考えてみましょう。単に節税できるだけでなく、人材確保や企業イメージの向上といった、目に見える効果も多く期待できます。
最大控除率の魅力
改めて注目したいのは、控除率の大きさです。たとえば中小企業が2.5%以上の賃上げを実現すれば、給与等支給額の30%が税額控除されます。さらに教育訓練費や子育て・女性活躍支援の取り組みを加えることで、より一層控除率がアップします。
実際に大幅な節税が実現できれば、浮いた資金を賞与やさらなる職場環境改善へ再投資する余裕が生まれます。税制という後押しがあることで、経営の自由度がぐっと高まるのです。
節税効果について
節税効果が高まることで、賃上げにともなう負担感を大きく軽減できます。今回の改正で導入された「繰越控除」は、たとえ赤字が続いた場合でも5年間は控除分を持ち越せるので、未来の黒字化に自信がある企業ほど積極的な賃上げを計画しやすくなりました。
とはいえ、繰越控除を活用するには条件を満たす必要があります。詳細は佐野税理士事務所へお気軽にお問い合わせください。
制度活用で人材定着への波及効果も期待できる
物価高や人件費高騰に悩む中小企業では「賃上げしたくても余裕がない」と感じることも多いでしょう。しかしこの制度は、そうした企業にも手が届く設計になっています。毎年少しずつでも賃上げを積み重ねることで、従業員のモチベーションや定着率が上がり、「賃上げに積極的な会社」として求人でも有利なアピールができます。
労働人口の減少が課題となっている今、制度を上手に使いながら働く人たちの満足度アップと会社の成長の両立を目指していきたいものです。
賃上げ促進税制の注意点
非常に有用な制度ですが、「申請したのに控除を受けられなかった」といった失敗例も少なくありません。ここからは制度を最大限に活用するために気を付けたいポイントを整理します。
制度が難解、手続きが煩雑
制度そのものや手続きが複雑で、「どこから手を付ければいいのか分からない」という声も多く聞かれます。制度の細かな規定を読み解き、資料を準備し、正確に申告するためには専門知識が必要となります。不安な場合は早めに税理士へ相談し、スムーズに手続きを進める体制を整えておくことが成功の近道です。
人件費を増やしても他の要件未達だと不適用
せっかく賃上げに踏み切っても、他の要件が満たせなければ制度の適用外となってしまうこともあります。たとえば、対象となる従業員の範囲や教育訓練費の内容、認定取得の有無など、細かな条件を一つひとつ確認しながら準備を進めることが大切です。経済産業省の資料には具体的な事例も掲載されていますので、チェックリストのように活用してみてください。
(参考:中小企業向け賃上げ促進税制ご利用ガイド)
短期的な賃上げだけでは継続効果が薄い
制度の対象期間は法人の場合「令和6年4月1日から令和9年3月31日まで」、個人事業主は「令和7年から9年まで」とされています。短期間だけ賃上げしても、長期的に従業員の満足度や定着にはつながりません。今後の法改正や制度廃止の可能性もゼロではないため、「一度きり」でなく、長期的な人材投資と考えて活用していくことが大切です。
(参考:経産省:賃上げ促進税制)
中小企業が制度を活用するための実践ステップ
まず何をすべき?準備すべき書類・データ
最初に必要なのは、従業員の給与データや福利厚生、教育訓練の実績といった自社の基本情報を整理することです。これらの情報をもとに、どの程度の賃上げや投資が必要か、そして制度の適用条件をクリアできるかを判断します。しっかりとした準備が、後々の申請手続きを円滑にしてくれます。
税理士との連携
必要なデータがそろったら、必ず税理士に相談しましょう。「賃上げ促進税制を活用したい」と伝えることで、自社の実情に合った最適な活用方法をアドバイスしてもらえます。手続きのミスや抜け漏れを防ぎ、安心して制度を使いこなすには、やはり専門家の力を借りるのが一番です。
社内での賃上げの伝え方
制度を利用して賃上げを実施する際には、経営側から「長期的に継続して賃上げに取り組む」という姿勢をしっかり社員に伝えることも忘れてはいけません。「一時的なものではなく、制度を活用してできるだけ長く続けていく計画である」と明言することで、従業員に安心感を与え、モチベーション向上にもつながります。
賃上げ促進税制を活用した場合のシミュレーション
ここからは、実際に賃上げ促進税制を使った場合のシミュレーションを簡単にご紹介します。モデルケースを参考にすることで、自社で活用した場合の具体的なイメージがわきやすくなります。
どちらの例にしても、控除できる税額の上限は納付すべき法人税額の20%が上限となるため、控除額が上限を上回る場合は翌期に繰り越される点にご注意ください。
事例1:社員5名の製造業(賃上げ率3%)
たとえば社員5名、前年度の給与総額が2,000万円の製造業で、本年度に3%の賃上げを実施したとします。新たな給与総額は2,060万円となり、増加額は60万円です。この場合、中小企業の控除率である30%をかけると、法人税から18万円が控除されます。小規模事業者でも、制度を使えばしっかりと節税効果が得られることが分かります。
事例2:社員10名のIT企業(教育訓練費も加算)
続いて、社員10名のIT企業で前年度給与総額4,000万円、本年度4,100万円(2.5%アップ)、さらに教育訓練費が50万円増加したケースを考えてみます。控除率は30%に加え、教育訓練費の増加額の10%加算されます。そのため、合計で40%の控除率となり、40万円の控除となります。教育訓練への投資も組み合わせることで、節税メリットが大きく広がることが実感できます。
控除額の計算例と注意点
ここでご紹介した計算例は、あくまでも一例です。賃上げや教育訓練の内容、従業員の区分など、実際の控除額は企業ごとに異なります。また、控除できる金額の上限額もあります。「この条件で賃上げすれば必ず控除されるはず」と思い込まず、必ず税理士など専門家のチェックを受けながら制度を活用しましょう。
中長期の人材戦略としての賃上げ促進税制活用
優秀な人材を長く引き留め、企業の持続的成長を目指す上で、賃上げ促進税制は強力な武器となります。単なるコスト削減や短期的な利益追求だけでなく、中長期の人材戦略の一環として賃上げや教育訓練、子育て・女性活躍の支援も積極的に進めていくべきです。こうした取り組みが企業価値の向上にもつながります。
「賃上げ=コスト」ではなく「投資」と捉える
企業経営において賃上げはコスト増と捉えがちですが、将来の人材定着やスキルアップ、イノベーションの土台となる「投資」と考えるべきです。今後の成長や収益アップにつながると信じて、長い目で見た賃上げ戦略を立てていきましょう。
採用活動や企業ブランディングとの連動
継続的な賃上げは、採用活動でも大きなアピールポイントになります。「賃上げ実績のある会社」として求人媒体で紹介すれば、応募者や紹介会社にも強い印象を与えられます。また、従業員満足度が高い会社は、口コミでも好意的な評価が広まりやすく、結果として企業ブランドの向上にもつながります。
【まとめ】条件を満たせば、給料を上げると税額控除が受けられます
働き方改革に取り組まれている経営者にとって、「給料を上げた場合に一定の条件を満たせば税額控除を受けられる」という非常に有利な仕組みが、この賃上げ促進税制です。自社の成長と社員の定着、そして経営の安定を両立できるこの制度を、ぜひ前向きに活用してみてください。
制度の詳細や自社への適用可否については、早めに専門家へご相談して取り組みをはじめてみましょう。ご不明な点がございましたら、ぜひ佐野税理士事務所にお尋ねください。
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